2020年07月27日
新型ウイルス
研究員
西脇 祐介
「あっ、まだテレビを見てる!」―。3歳になる 一人息子のことだ。2020年4月の緊急事態宣言を受け、筆者も妻も在宅勤務に切り替わり、保育園に通う息子も5月末まで登園を自粛したため、初めて平日に家族が一緒に過ごすことになった。
すると...。育児と仕事の両立には想像以上の苦戦。以前IT関連業務に従事していた筆者には、「あそぼ!」と頻繁に絡んでくる息子が、トレンドを追い掛けてプロジェクトを続々立ち上げる上司に見えてきた。また、「トイレに行けなかった...」とお漏らしをする姿は、重要データを消去してあたふたする後輩を思い出させた。
逆にしばらく静かになると、こちらが仕事に集中してしまい、息子に意識が向かなくなる。はっと気づくと、冒頭で記したように独りテレビを見続けている。その繰り返しである。
息子も気の毒。外遊びができず、友達にも会えないからだ。そこで、インターネット上で「おうちで楽しめる教材」を探してみることにした。今、官民は自宅学習をサポートする取り組みに力を入れる。
例えば、文部科学省は児童向けの学習事例を紹介。国立科学博物館は塗り絵や迷路を楽しみながら、昆虫の成長過程を学べるワークシートなどをネットで公開した。企業やスポーツ団体も、幼児向けに言葉遊びや数字遊びのプログラムを無償提供する。
この中で筆者の目に留まったのが、「STEM(ステム)教育」と呼ばれるプログラムである。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の分野に焦点を合わせ、モノに触れながら学ぶ手法である。
その最大の特徴は、単に知識を身に着けるだけでなく、創造性や自発性を高め、問題解決に取り組む能力を高めること。2000年代に米国で生まれ、オバマ前米大統領が科学技術の人材育成の本丸と位置付けたことで一気に認知度が上がった。最近では、Art(芸術)も含めて「STEAM(スティーム)教育」と呼ぶこともある。
そのポイントとなる創造性について、プログラミング言語学習環境「Scratch(スクラッチ)」の開発者であるミッチェル・レズニック氏らは、著書「ライフロング・キンダーガーテン」で次のように指摘する。
「創造性とは、ある種の「苦労」から得られるものですが、それは楽しい実験や体系的な調査と組み合わされた、好奇心に基づく探究による苦労です」「新しいアイデアや洞察は、単なる閃きのように見えるかもしれませんが、それらは通常何回も繰り返される、発想、創作、遊び、共有、そして振り返りの果てに現れるものなのです」 ― 。新しいアイデアは単なる閃(ひらめ)きではないという点は、STEM教育を実践する上で重要なポイントになる。
「ライフロング・キンダーガーテン」
(ミッチェル・レズニック、村井裕実子、阿部和広、伊藤穰一、ケン・ロビンソン、日経BP)
筆者が2019年11月に訪問したフィンランドの基礎教育学校もSTEM教育を実践していた。生徒1人に1台パソコンを配布。情報を共有しながら、ロボットを作ったり木材を加工したりと、さまざまな実験に取り組んでいた。
また、米国の専門スクールには、「どんな建物が洪水に耐えられるか」を考える子ども向けプログラムもある。積み木のような素材を組み合わせて模型を作り、実際にどこまで水圧に耐えられるかを試すという。
フィンランドのロボット製作STEM教育
日本の小学校で始まったプログラミング教育も、STEM教育の一種といえる。STEM教育スクールを運営する中村一彰氏は著書「AI時代に輝く子ども」(CCCメディアハウス)の中で、「いくら知識を増やしても、学力を高めても、それだけに留まっていては意味がありません」と指摘する。S、T、E、Mの4領域の知識を横断的に学び、活用することが重要だという。
わが家でも、無償で遊べるプログラムをいくつか利用してみた。その中から4つ紹介したい。
まず、子ども向けテーマパークを運営する「プレースホルダー」のAR(拡張現実)体験サービスを選んでみた。お絵かき大好きの息子が喜びそうだったからだ。
用意された魚の絵に色を塗り、スマホのアプリで読み込むと、画面上を泳ぎ始める。スマホの傾きに合わせ、動き方や見え方が変わるため、息子は家の中を笑いながら走り回る。「次はバスの塗り絵にしようよ!運転手はパパね!ママはどこに座ってもらおうかな。それからね...」-。塗り絵をするだけでは出て来なかった閃きが、いくつも生まれた。
スマホの中で泳ぎだす「魚」
次に、パソコンのタッチパネルで絵を描きながら、プログラミングを学べるViscuit(ビスケット)を試した。
と言っても、キーボードで文字を入力する必要はない。アイコンを選ぶなどの簡単な操作だけで、自分が描いた生き物を動かすことができる。息子が真剣に画面に向き合う姿を見ると、自分が描いた絵をスマホ・パソコンの画面上で動かし、表現する世界に興味を持ったようだ。
プログラミング学習に挑戦
コンピューターを使わない学習もあり、STEM教育の代表例としてよく紹介される「スライム作り」に挑戦した。スライムは水と洗濯のり、ホウ砂を混ぜて作る。分量を変えると、固まり具合が変わる。このため、2つ作って比較しながら作業を進めた。
すると、息子はすぐに2つのスライムの違いに気が付いた。よく伸びるスライムに「縄跳びできるかな?」、固いスライムには「投げっこしよう!」などと、独自の遊び方を提案するようになったのだ。
スライムで学んだ後、千葉大学教育学部の論文「科学的根拠をもとに説明できる生徒を育てる STEM教育」を参考に、体を流れる血液の話をした。「お野菜も食べないと、体の中の血がドロドロスライムになっちゃうんだよ。お外で遊べなくなってしまうよ」と筆者が説明すると...。息子はその日の夕飯から、好きなものだけを選ぶ食生活を改めるようになった。
初めてのスライム作りに興奮
最後に、スヌーピーで有名な「PEANUTS」のウェブサイト「HAVE FUN AT HOME」で公開中の風船ロケットを製作した。
まず、固定したタコ糸に、風船を貼り付けたストローを通す。風船の空気が抜ける際の力によって、ロケットがタコ糸の上を何センチ進むかを実験するのだ。息子は「何が起きるの?」と興奮を隠せず、作業に夢中。実際にロケットを飛ばしてみると、風船の持つ予想外の威力に親子で大笑いした。
次に、ストローの長さや風船を膨らませる大きさ、ストローと風船の貼り方などを変えながら、ロケットが進む距離を家族全員で予想する。「スリー、ツー、ワン、いけー!」とカウントダウンを繰り返した。その後はユーチューブで本物のロケットの飛ぶ場面を鑑賞。息子にとってロケットは、大好きな消防車に次ぐお気に入りの乗り物になった。
何度も挑戦した風船ロケット
「ステイホーム」が長く続くと、気が滅入ることも少なくない。しかし、STEM教育で子どもと一緒に遊びながら学ぶことで、重苦しい空気がほぐれてたくさんの笑顔が生まれた。これまであまり気付かなかった、息子の面白い発想に触れられたのも収穫だ。
息子の好奇心も大いに刺激され、テレビの工作番組を見ながら「自分も作りたい」と訴え、ハサミや絵の具、のりなどを引っ張り出している。番組で見たアジサイの絵を一緒に描くと、「植物を育てたい」と言い出し、自宅のベランダでトマトを育てることに...
「保育園に行けるようになったら、みんなにスライム作ったことと、トマト育てたことをお話しするんだ―」。楽しそうに話す息子の日々の成長ぶりに接し、安心した。
同時に、筆者自身も「自宅でのリモート会議中、仕事中であることを部屋の外の家族に知らせる「ON AIR」ランプを作ろう」と閃いた。どうやらSTEM教育は子どもばかりか、付き合う大人の脳も刺激してくれるようだ。
元気に育ち始めたトマト
(写真)筆者
西脇 祐介